広島県呉市の大和ミュージアムにて

ゴールデンウィークの始まりは広島市内で仕事の打ち合わせでした。その後、呉市の「大和ミュージアム」に行ってきました。呉市広町に1年半程住んでんでいたことがありましたが随分と前のことなのでさっぱり道が分かりませんでした。でも今は便利なことにカーナビがあるので大変便利です。

記念館に入るとすぐに10分の1の戦艦大和がどーんと置かれていて圧倒されます。当時この大和に3000人以上の人たちが乗り組んで沖縄戦の応援に行く為に航行しているときのことが想像されます。戦艦大和で亡くなった方3056名、生還者276名。航行途中この航行が特攻であり、生きて帰ってくることは無いと告げられた当時の20歳前後の若者達、そして乗り組み員の方達はどう思ったことでしょう。

ピンと張り詰めた緊張の中に、祖国日本の為に戦う決意があられたのでしょうか?映画の「男たちの大和」のサウンドトラックも思い浮かびます。

記念館の中に乗組員の方々が家族に宛てた手紙の展示場所の前では、見ている人たちがハンカチを目に当てたり、鼻をすすったりがたくさん聞こえました。私も涙を流しながら読ませて頂きました。

当時、「大和」は左舷に何発もの魚雷を受けました。沈んでいく「大和」の中で、全員退避命令が出されました。「大和」と共に殉ずるとばかりに、「上官が目の前1.5メートルの至近距離で、傾斜した壁面に足で突っ張って立ちながら軍服のボタンをばーっと外して日本刀を出して腹を切って死んでいいかれました。」生還者のお一人がそう証言ももしておられます。「あれだけ自分を可愛がってくれた上官が・・・どうしようもない光景だった」と、別の生還者の方がまた、涙ながらに証言されておられました。

別の生還者の方は終戦になって戦友のもとにお墓参りに行った時、「あなたはこうして生き残っているのにうちの息子は何故?・・」と親御様から言われると、もう言いようの無い気持ちになります。申し訳ない!「俺は何故、生き残ってしまったんだろう。」という思いでいっぱいだったと仰っています。他には家族へ宛てた手紙に「戦地に赴いたからには生きて帰ることはないものと思って欲しい。」また他には、戦友へ、「靖国の白木の箱の中で会おう!」もう、涙なしには読めません。話せません。

今の平和は先輩方のたくさんの命の犠牲で成り立っていると忘れてはいかんと、ただただ感じた次第です。

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